デザインで加速する!
製造業のウェルネスと、対世界の『ものづくり』発信 ― 社員が誇りを持って働ける工場デザイン ―

復興工業団地にロボット産業を根付かせようとする南相馬市の企業誘致の第一号となった、ロボコム・アンド・エフエイコム株式会社(以下 ロボコム)。日本の製造業DXを牽引するロボコムは、被災地での雇用創出や地域の活性化など、大きな社会的意義と期待を背負って、2021年7月この土地に新工場をオープンした。

その南相馬工場が「デザイン」という考え方を取り入れた非常に革新的な工場として、製造業業界で一躍注目を集めている。今回は、建築家としてプロジェクトに参画した10 architect 木下氏へのインタビューを通し、工場とデザインの新しい可能性に焦点を当てたい。

新しい3K:これからの工場のあり方

福島県浜通りの北、南相馬の海に面した広大な敷地。東北大震災の津波の被害を受け人が住めなくなったこの地域には、復興工業団地としてロボットやドローンなどのハイテク企業を誘致したいという市の狙いがあった。その願い通りの形で第一号となったのが、ロボコム・アンド・エフエイコム株式会社(以下 ロボコム)だ。

ロボコムは、わかりやすくいえば「ロボット製作会社」だが、作られるのは私たちが想像するようなロボットではない。企業の依頼を受けてオーダーメイドで開発・製作する、産業用ロボットである。目的毎に機構を設計し多様なパーツをアセンブル、プログラムも開発して、それにあったソリューション・ロボットをつくるのだ。様々な業態にロボット採用の提案を行い、この業界ではトップのシェアと技術力を誇る企業だ。

そのロボコムが南相馬に新しい工場を建築するにあたって決めていたのは「今までとは違う、革新的な工場」をつくることだった。

キレイ・快適・かっこいい

製造業の工場全体を見ると多くが「3K(キツイ、汚い、危険)」に近いところにあるのが実態だ。綺麗な環境で、快適に、そしてカッコよく!という、新たな「3K」を目指したのだ。

福島にはコンピュータ理工学を専門とする会津大学もあり、まさにロボコムの事業領域のものづくりと相性の良い下地もある。人が住めなくなった地域で雇用を生み出し、地域活性と人材育成をすること。そして、世界にむけて日本の最先端のものづくりを発信すること。ロボコムの挑戦の舞台にふさわしい「新しい製造業」を体現する空間づくりが始まった。

「人」のためのデザイン

製造業や機械製作に関わる人間なら、一目見ればわかるその革新性。これまでの工場ではあり得なかったことが実現している空間。それは、「工場」の設計に「デザイン」が加わったからに他ならない。機能性・効率の点では考え抜かれた従来の工場になかったもの。それは、そこで働く「”人間にとって”プラスになるデザイン」だった。

ロボコムの天野社長らがデザインを依頼したのは、内装設計のSWANSの小山氏。今回のプロジェクトは大規模な新築の建築設計となることから、10architect の木下は建築サイドのパートナーとしてお声がけいただき、チームに加わった。

南相馬工場の建築・設計ポイント

早速、南相馬工場が従来の工場と異なる特徴を見ていこう。

1. 掟破りの白い床 / カラー・コントロール

南相馬工場の内部の写真を見て最も衝撃的なのは、その白い床であろう。どんな業種であっても、工場は本質的にはよく汚れる場所だ。機械の油、加工機械から発生する切粉、トラックやフォークリフトのタイヤ跡など、汚れの原因に事欠かないため、白い床は御法度。

しかし今回、この白い床を所望されたのは代表であるロボコムの天野氏、飯野氏であった。働く人が誇りを持って働ける近未来的なかっこいい工場を、というご意向は重々承知していたが、流石に白では汚れが目立つのではと、小山氏と木下はグレーなど他の色を提案した。しかし、それを押し切って「白」と言い切ってくださったのが両名だったのだ。

一般的に工場で用いられる素材は機能重視ゆえ、色味や材質に選択肢は多くはなく、どんな現場も一般的な「いわゆる工場」然とした見た目になる。今回は通常使われない「白」という色を床に用いるため、メンテナンスもしやすい、工場の床としてふさわしい材質を新しく探して提案した。

ちなみに床は、上をAGV(無人搬送車)などが通ることを前提に配線などを全て床下に格納した、完全なフラットである。

また、車好きな両代表のご要望で、白い床と対をなすフェラーリ・レッドをインテリアのアクセント色とすることに。生産ラインの様々な工作機械も指定色で発注することで統一感を出した。このように、普通の工場設計ではやらないインテリアトーンのコントロールを行うことによって、空間が「デジタルファクトリー」としての説得力を持つようになった。

見学者を迎える部屋には液晶ガラスを導入。スイッチ一つでガラスの向こうにショールームが現れる、遊び心溢れる仕掛け。

2. 「人」が快適に働くための空調

大規模な工場になればなるほど巨大な空間の室温を一定に保つことは難しく、空調をいれることのコストも高くなるため、基本的には人間よりも「機械」が主に稼働する工場で、人にとって快適な室温を保つだけの空調を備えている施設は少ない。ロボコムでも今後、24時間無人稼働の工場を目指しているとはいえ、実態として人間なしに稼働する工場はほぼ存在しないのが現実だ。さらにいえば、近年の温暖化で、精密機械はもちろん、人間にとっても、夏の気温は耐え難いものになってきている。製造業での働き手が減少していることを考えても、従来よりも快適な環境をつくることは最優先事項であり、コストがかかっても空調(冷暖房)を入れようという判断になった。

本工場は新築であったため、高い断熱性能をもつ壁面の計画から行うことができた。木下はそれまでに青森の体育館など、寒冷地での大規模な建築案件を手掛けたこともあり、そのノウハウが生きた。その他にも、開口部に高速シャッターやエアカーテンを用いるなど、様々な工夫が空調負荷の低減に寄与している。

3. デザイナーズ・オフィス

工場に隣接する棟には、社員がプログラミングや設計・シミュレーション作業を行うオフィスと、海外を含む見学者を受け入れるショールームとが入っている。エントランスホールはガラス張り。ここにも紫外線カットガラスを採用し、自然の採光をふんだんに取り入れた気持ちの良い空間とした。インテリアはSWANS 小山氏の手によって、落ち着きある雰囲気にまとめあげられている。

こうして、スタッフが働きクライアントを受け入れる館が、最先端のテクノロジーを活用して製造業のソリューションを提供する、ロボコムの社風とマインドを反映する空間となった。

ガラス張りのオフィス・ショールーム棟
カフェテリア、ミーティングエリア。自然採光による明るさが心地よい
オフィス:奥がデスク、手前はミーティングスペース

4. カーボン・ニュートラル

もう一つ、次世代ファクトリーの名にふさわしい特徴としてあげられるのは、この工場がカーボンニュートラルを実現するための太陽光発電システムを導入しているという点。今後敷地内に、電気自動車の充電ステーションや蓄電池システムも設置の予定だ。このような環境に向けた取り組みも、本工場が注目される大きな理由である。

5. 復興工業団地という土地特性

本南相馬工場の意義の一つは復興工業団地にあるという点だが、それに伴う土地としての特性もある。海辺に近く、また、2mを超える津波が押し寄せた被災地であることから、どうしても地盤が軟弱なのである。

そのため、建物の建設を始める前に大規模な建築物に対しても安全性が担保されるよう、基礎の下に「柱状改良」という地盤改良を施した。簡単にいうと、地面にコンクリートを含んだ柱を何百本も埋め込み、地盤を固める作業である。この作業を経れば、津波被災地のような軟弱な地盤でも安全な工場の建設が可能になるのだ。

国内外の研修生を受け入れる、宿泊と一体型の研修施設も敷地内に併設

工場におけるデザインの効用〜 未開拓の可能性

今回木下が設計を行って一番感じたのは「工場にも、デザインでできることがたくさんある」ということだったという。

通常、工場の建築には「システム建築」と呼ばれる、標準化されたコストパフォーマンスの高い工法が用いられる。理にはかなっているものの、ある意味、産業革命以来の高度経済成長期を通じて発展してきた、効率重視のモデルである。社会がこれだけ大きな変化・変革に面しているときに、工場のあり方として、これが今でも最適解なのだろうか。

誇りを持って働ける場所に 〜 業界と地域活性

現在製造業が直面する人手不足や、地方の過疎化。他国の技術力向上による日本の「ハイテク国家」としてのプレゼンスの低下。これらの課題を、誇りや愛着が持てる情緒性・デザイン性の高い空間をつくることによって解決したい。それが、ロボコムチームの狙いと最たる願いだった。

製造業のイメージ向上により、製造業やロボティクス業界で働きたい人が増える。働く人が増えれば、地域経済も活性化し、日本の地方都市や市区町村を盛り上げることにもつながる。

さらに、人が気持ちよく働ける「ウェルネス」「ウェルビーイング」を考慮した空間は、働き手にとって心的にも充実した職場環境となるだろう。

経済効果や社会的な意義が「デザイン」によって増幅されるようになったこと。それは間違いなく、現代社会でうまく活用したい原動力の一つだ。

ブランディング ― 国際的なPR効果

工場のデザイン化に注目するのは日本企業だけではない。このような事例は海外でも少なく、国外からの視線も熱い。

デザイン「ハイテク企業」としてのブランディングを工場デザインという形で行うことで、国内外での認知度・注目度は飛躍的に向上することはいうまでもなく、企業の成績にも好影響をもたらすだろう。

ロボコムは海外からの高度技術者受け入れや技術教育に力を入れており、本工場には研修宿泊施設も完備した。外国籍人材の強みを活かしている企業として2020年には「Global one team Award」を受賞したロボコム。状況が落ち着けば国外からの視察客、来訪客も増えることが期待されている。

工場という、これまでデザインがほとんど関与してこなかった領域の伸び代は大きい。

もちろん、これまで工場の建設でデザインがあまり考慮されてこなかったのには理由もある。工場はその規模から、例えば床の色や素材を変えるなどの少しの仕様変更でも建設コストが大きく変わってくるのだ。しかし、そのコストをただのコストと捉えるか、ブランディングや会社への投資と捉えるか。後者と好意的に受け止める社会的な土壌は整ってきたと言える。

木下は、今回の事例で得た新たな知見を今後の工場設計に生かし、さらなる可能性を模索していきたいと力強く語る。